2017-05-21 橋扈(Qiáo Hù) 人物 1世紀 漢(盧芳) 後漢 説明 (?ー?)【盧芳】配下の武将。名前表記は喬扈とも。 29年(建武5年)に盧芳軍の勢力下に入った雲中郡の太守となっていたが、31年(建武7年)冬、【李興】が盧芳に殺害されたのを見て恐れ【光武帝】に降った。光武帝からはそのまま雲中太守に任じられた*1。 36年(建武12年)、盧芳が雲中郡を攻めているがその時点でも太守であったかは不明。 *1: 『後漢書』巻一下光武帝劉秀紀第一下 冬,盧芳所置朔方太守田颯、雲中太守喬扈各舉郡降。 『後漢書』巻十二王劉張李彭盧列傳第二 芳後以事誅其五原太守 李興兄弟,而其朔方太守田颯、雲中太守橋扈恐懼,叛芳,舉郡降,光武令領職如故。